捨てられない思い出のもの

絶対に使わないし、見返すこともないけど処分できないのが銀行通帳とスケジュール手帳。

ブログの記事にしようと引き出しから出してじっくり見返したのは約10年ぶり、銀行通帳は平成17年からとってありました。

お給料が振り込まれるようになって、このころから働き始めたんだなーとか

決まった印字が続いているところにいきなり「ドコモ ケイタイ 21,056-」と印字されていて、子どもにはじめて携帯を持たせて使い方のことでケンカしたな(笑)とか

お金を引き出したところには何に使ったかとメモが書き込んであって、テレビを買ったとか、学校の部活合宿があったり、旅行だったり、銀行通帳が年表のようになっていて思い出す事がたくさんありました。

残高193円

生活費はこの通帳の中ででやりくりしていたので大変だっただろうなっておもうけど、50才を過ぎた今も同じような残高の月もあるから今も昔も変わらないですね(笑)

スケジュール帳は日記としてもつかっていたので。懐かしいなとおもいながら読み返していました。

手帳は2010年からあって、小さな枠に入りきらないほどビッチリ書いてあったり字が汚くて解読できなかったり、一緒に働いていたであろう人の名前が書いてあるけど誰だっけと思い出せなったり、思い出したり。今はいい関係なのに頃はこの人の事をこんな風におもってたんだとか

日記は自分のブラックな部分だったり弱音をおもうがままに書けていて当時はかなり救われてきたんだなっておもいます。

日記でなく手帳の端っこにチョコっと書いてあった言葉。自分で書いているんだけど、ピンとこなくて前後の日記を読むとだんだん思い出してグッときたり、東北大震災の時の家族の様子が書いてあったりして、汚い文字だけれどやっぱり文字はいいなっておもいます。

日記の部分よりもちょっとしたメモ書きのが本音よりもっと深いことが含まれていたりします。

今年は手帳を買い忘れて書いてきませんでしたが、こうやって何年か経った時に別の私が小説のように読めるんだろうなとおもうと来年からまた復活しようとおもいます。

ブログには書けないような自分のブラックな部分や弱音が今年もたくさんあったのに書き残しておけなくてもったいなかったな(笑)

日記はいつ処分しようかとポヤっと考えることがあります。子どもたち読まれたらどしようという気持ちと、どんな風に悩んでいたかと知って欲しい気持ちでちょっと複雑ですね。

ま、とりあえずしまっておこう。

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